早稲田実・中村心大 投手 父のプレーを見て育った京都出身のエース

中村 心大

昨年夏の甲子園を沸かした早稲田実・中村心大投手が第97回センバツで甲子園に帰ってきます。
第106回夏の甲子園では鶴岡東戦で延長10回を完封し、自らサヨナラヒットを放つ大活躍。
数々のドラマが生まれた大社との試合でも先発し7回を好投し、2年生の左腕エースは甲子園のファンに強烈な印象を残しました。

父は天理高校から立命館大、プリンスホテルで捕手として活躍。現役引退後は立命館大でコーチ、助監督として後進を指導しました。

中村投手はそんな父の影響を強く受け野球を始めたとのこと。

中村投手は京都の出身。観光名所が連なる京都御苑界隈で小学校、中学校を過ごし高校は東京の早稲田実へ。

早稲田実では2年生エースとして昨年夏の甲子園で大活躍しました。
新3年生になりチームの主将も務める中村選手。

今回は中村心大選手の球歴をまとめてみました。

https://twitter.com/waseda540/status/1869866571142967525
中村 心大なかむら こうだい
生年月日2007年7月17日
身長/体重 投打177㎝ 83㎏ 左投げ左打ち
小学校西陣中央小学校(西陣中央スポーツ少年団に所属)
中学校烏丸中学(京都ベアーズに所属)

名前の「こうだい」は「器が広い人間になってほしい」との願いを込めて命名

3つ上の兄・一心さんが小3で野球を始めたのをきっかけに、幼稚園年長から野球に親しむ。

小1からは軟式の西陣中央スポーツ少年団で全国8強、
中1からは軟式の京都ベアーズで全国16強。

早実では1年夏に初のベンチ入り

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目次

お父様は、天理の捕手で甲子園で活躍。その後、立命館大→プリンスホテル

中村心大選手のお父様・秀典さんは、奈良県の天理高校の捕手として1992年の春夏の甲子園に出場し甲子園で春4強、夏8強の原動力となりました。

天理を卒業後は立命館大、プリンスホテルでもプレーし、2002年からは立命館大のコーチ、助監督として金刃憲人や桜井俊貴(ともに元巨人)らを指導。

中村選手は子供のころから立命館大のユニホームを着て球場に応援に行っていたそうです。

関西の大学野球に詳しく、憧れは 元・関西大の金丸夢斗 投手 (2024年 中日ドラフト1位)

出身は京都市 上京区 、京都御苑の近く

中村選手は、京都市上京区の出身です。

小学校 … 京都市立西陣中央小学校
中学校 … 京都市立烏丸(からすまる)中学校

京都御苑の近く、二条城や平安神宮、金閣寺などがある京都観光の中心地ですね。

Google Map より

父と兄に影響で5歳から野球を始める

小学生、中学生時代は京都ですごす

5歳になると父と兄・一心さん(現城西国際大2年)の影響で野球を始めました。

小学生になると西陣中央スポーツ少年団に所属して、投手と捕手で全国8強。

中学に入ると軟式野球チームの京都ベアーズに所属して活躍し全国16強。

京都ベアーズのホームページをのぞくと「OB進学先」として京都国際や京都外大西といった京都の強豪にまじって「早稲田実業高校」があります。これが中村選手の進学先ということです。

引用:京都ベアーズ HPより

家族全員で東京・八王子市に転居

斎藤佑樹を擁して全国制覇した2006年夏の甲子園の映像を見て、「自分もこんなふうになりたい」と京都から越境入学。早実野球部は寮がないため、家族全員でグラウンド近くの東京・八王子市に転居しました。

2年夏に甲子園出場

第106回夏の甲子園1回戦〇 8-4 鳴門渦潮7回で被安打5 の4失点
 〃2回戦〇 1-0 鶴岡東中村、延長10回を完封
 〃3回戦● 2-3 大社延長11回の大熱戦

2回戦 鶴岡東で 完封&サヨナラ打

2回戦の鶴岡東戦では延長10回を4安打で完封の熱投。10回裏には左太ももの裏がつるアクシデントに見舞われながらも、自らのバットでサヨナラ打を放つ ” ワンマンショー ” を演じました。
夏の甲子園での延長戦完封&サヨナラ打は史上初とのこと。

早稲田実の左腕投手による完封劇は1957年夏の甲子園で当時2年生の王貞治 投手が大阪の寝屋川高校相手に延長11回でノーヒットノーランを達成して以来67年ぶりの快挙でした。

3回戦 大社 延長11回の大熱戦に

数々の名シーンを生んだ3回戦の大社でも中村投手は先発で好投。
7回を5安打1失点で試合を作り川上投手にリレー。

最後は敗れましたが日本中の野球ファンが感動したこの試合でも甲子園のマウンドに立ちました。

2年生秋 … 東京大会で準優勝

バッテリーを含め旧チームの中心5選手が残る

チームの中心である「中村ー山中のバッテリー」は2年生バッテリーとして出場した昨夏の甲子園で3試合を経験しました。

甲子園の舞台を経験したことで、精神面でどんな状況でも安定して戦える力が身についたとのこと。

バッテリーの他に1塁手の圀光 翔選手(新3年)、そして外野手の灘本 塁選手(新3年)、三澤 由和選手(新3年)と昨夏から中心選手だった5選手がチームに残ったことでチームの骨格が整うことに。

また、西村悟志(新2年)選手がセカンドに入りました。西村選手は昨夏の大社戦の9回裏、1死満塁の絶体絶命のピンチのときに左翼手として守備交代して、投手の左にポジショニング。そして、飛んできた打球を冷静に処理してダブルプレー。あのときの左翼手です。

2024年秋の東京大会

秋季東京大会1回戦〇 12-4 東京都市大付7回コールド
 〃2回戦〇 5-2 修徳8回の5点で逆転
 〃3回戦〇 7-0 昭和7回コールド
 〃準々決勝〇 3-2 小山台中村が完投で接戦を制す
 〃準決勝〇 6-0 淑徳中村が完封
 〃決勝● 5-6 二松学舎大学付延長12回の熱戦

修徳との2回戦は2点ビハインドの8回裏二死走者無し一挙に5点を奪って逆転勝ち。

小山台との準々決勝では2点を先制されるも、主砲・山中選手が6回に逆転2点本塁打を放ち、またまた逆転勝ち。

決勝では二松学舎大学付属との対戦。神宮球場に多くの観客が集まりました。

東京大会で優勝すれば、翌春のセンバツ大会への出場が確実となります。
早稲田実は決勝で二松学舎大学付属と延長12回の大熱戦を繰り広げ惜しくも敗戦。

この時点でのセンバツ選出は確実となりませんでしたが、1月24日のセンバツ選考委員会では決勝での戦いぶりが二松学舎大学付属とほとんど差がないと評価され、東京の2校目としてセンバツに選出されました。

夏の経験を活かし、秋にさらに成長


中村心大 投手は甲子園での3試合の経験をもとにさらに成長
秋の東京都大会でも、大きな実績を残しました。

初戦は登板はありませんでしたが、2回戦からの5試合すべてに先発して、防御率は1.13。

さらに、40イニングを投げ、奪った三振はイニング数を上回る45に上りました。
2回戦の修徳戦では14奪三振。小山台、淑徳相手にもそれぞれ10奪三振と2ケタ奪三振をマークしました。

京都が生んだ早実のエース・中村 心大 選手 まとめ

中村 心大なかむら こうだい
生年月日2007年7月17日
身長/体重 投打177㎝ 83㎏ 左投げ左打ち
小学校西陣中央小学校(西陣中央スポーツ少年団に所属)
中学校烏丸中学(京都ベアーズに所属)

昨年夏、2年生で甲子園に強烈な印象を残した早稲田実のエースは京都の出身でした。

お父様の影響を強くうけ始めた野球で高校は東京の早稲田実へ。

早稲田実の歴史

早稲田実は68年前の1957年、第30回センバツで優勝し、初めて紫紺の大優勝旗が箱根の山を越えました。
この時のエースは王貞治さん(現ソフトバンク球団会長)。2年生でした。

また、早稲田実の2季連続甲子園は斎藤佑樹 投手を擁した2006年の春夏連続以来です。

王貞治、荒木大輔、斎藤佑樹など多くの名投手が甲子園で活躍しています

今回のセンバツではチームの主将兼エースとして、甲子園へ戻ってきます。

王貞治さん以来の優勝を狙う早稲田実。さらに成長した中村心大 選手の活躍が楽しみです。

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