三重高・上田晴優の中学での原点とは?ゴロ魔神の驚異の投球術
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今、高校野球ファンの間で大きな注目を集めている三重高校のサウスポー、上田晴優選手。特に選抜大会での素晴らしいピッチングを見て、彼がどのような道を歩んできたのか気になった方も多いのではないでしょうか。中でも、上田晴優の中学時代や所属していたチーム、当時の評判について知りたいという声をよく耳にします。
実は、彼が現在の「打たせて取る」精密な投球スタイルを確立した背景には、中学時代の経験が大きく関わっているんです。この記事では、上田晴優の中学時代のエピソードから、現在のプレースタイルに繋がる経歴までを詳しく紐解いていきます。最後まで読んでいただければ、彼がなぜ背番号18でありながらこれほどまでの快投を見せられたのか、その理由がはっきりと分かるはずですよ。
- 中学時代に所属していた三重北ボーイズでの活動内容
- 地元の四日市市立大池中学での生活と野球への取り組み
- 村瀬杯三重県選抜に選出されるほどの実力と当時の評価
- 怪我を乗り越えて甲子園で快投を見せるまでの成長の軌跡
三重高校のエース上田晴優の中学時代と歩んだ経歴
上田晴優選手がどのような環境で育ち、現在の卓越した投球術を身につけてきたのか。まずは彼の原点とも言える中学時代までの歩みを振り返ってみましょう。地元三重県で着実に力をつけてきた彼の足跡を辿ります。

三重北ボーイズに所属した中学時代の投球スタイル
上田晴優選手は中学時代、硬式野球チームの「三重北ボーイズ」に所属していました。この時期は彼の野球人生において、投手としての基礎を固める非常に重要な3年間だったと言えますね。ボーイズリーグというレベルの高い環境に身を置くことで、県内外の強力な打者と対峙し、投球術を磨いていきました。

当時のプレースタイルで非常に興味深いのが、現在の「打たせて取る」スタイルだけでなく、高い攻撃力も兼ね備えていた点です。中学時代の記録を見ると、ボーイズ春季全国大会の三重県支部予選準々決勝(津ボーイズ戦)では、なんと「3番・ピッチャー」としてスタメン出場しているんです。中軸を任される打撃力と、先発として試合を作る投球力の両方でチームを牽引していたわけですね。
この「投打の主軸」としての経験が、現在のマウンドでの冷静な判断力や、打者の心理を読み取る力に繋がっているのかもしれません。私としては、彼が中学時代からすでに「チームの勝敗を背負う立場」に慣れていたことが、大舞台での強さの秘訣なんじゃないかなと感じています。
四日市市立大池中学の出身で地元からも注目の存在
上田晴優選手は、三重県四日市市にある大池中学校の出身です。学校生活を送りながら、週末や放課後は三重北ボーイズの活動に打ち込むという、野球漬けの毎日を送っていたのでしょう。地元四日市では、小学生時代からその才能は知られていたようで、中学に進学してからもその注目度は高まる一方でした。
中学時代の彼は、学校の仲間からも信頼される存在だったことが想像できますね。野球のエリート街道を突き進みながらも、地元の中学校に通うことで培われた「地域との繋がり」や「仲間意識」は、今の彼の誠実な人柄を形成する大切な要素になっているはずです。
三重県内の野球関係者の間では、大池中学から三重北ボーイズという流れは一つの黄金ルートのようにも見えますが、そこでしっかりと結果を残し、県内屈指の左腕として名前を売っていった彼の努力は並大抵のものではなかったでしょう。
中学時代に評価された球速や変化球のコントロール
中学時代から上田選手の武器となっていたのは、決して球速だけではありません。もちろん、サウスポー特有のキレのある直球も魅力でしたが、それ以上に周囲を驚かせていたのが「制球力」と「変化球のキレ」です。

特にスライダーやカーブといった変化球を、低めに丁寧に集める能力は中学時点ですでに高いレベルにありました。ボーイズリーグの厳しい戦いの中で、「力で押し切るだけでは勝てない」ということを早くから理解していたのかもしれません。現在の「ゴロを量産する投球スタイル」の原型は、この中学時代の試行錯誤から生まれたものだと言えそうです。
中学時代の主な球種と特徴:
- 直球:サウスポー特有の球筋で打者の手元で伸びる
- スライダー:カウントも取れ、決め球にもなるキレ
- カーブ:緩急をつけるために自信を持って投げ込める
球速が130キロ前後であっても、これらの変化球と抜群の制球力を組み合わせることで、強豪チームの打者を次々と打ち取っていった実績が、現在の自信に繋がっているのでしょう。
村瀬杯三重県選抜でも活躍した中学時代の実績
上田選手の能力の高さを示す最も分かりやすい実績が、中学3年時の「村瀬杯三重県選抜」への選出です。これは三重県内のボーイズリーグ各チームから、実力・実績ともにトップクラスの選手だけが集められる文字通りのドリームチームです。
この選抜チームに名を連ねるということは、同世代の中で「三重県を代表する投手」として公認されたことを意味します。選抜チームでは、普段はライバルとして戦っている他チームのエース級とも切磋琢磨し、より高いレベルの野球を肌で感じることができたはずです。この経験が、中学卒業後の進路として県内屈指の強豪である三重高校を選ぶ大きな後押しになったのは間違いありません。
小学校時代は三重クラブ野球少年団で才能を開花
少し時を遡りますが、上田選手の原点は三重小学校時代に所属していた「三重クラブ野球少年団」にあります。2017年から2020年までの4年間、軟式野球で基礎を徹底的に叩き込まれました。
小学生の頃から、左投げ左打ちという希少性と、野球に対する真摯な姿勢は際立っていたようです。この時期に「野球の楽しさ」と「勝負の厳しさ」の両方を学んだことが、その後の飛躍の土台となりました。地元の少年団で育った少年が、中学で硬式に転向し、県選抜を経て甲子園のマウンドに立つ……。まさに地元の野球少年たちの憧れとなるようなキャリアパスを歩んできました。
上田晴優の中学卒業後の挑戦と甲子園での快投劇
中学時代に輝かしい実績を残した上田選手は、さらなる高みを目指して三重高校へと進学します。しかし、そこには順風満帆な道だけではなく、大きな壁や試練も待ち受けていました。背番号18が聖地で見せた感動の投球に至るまでのドラマを解説します。
三重高校での成長と背番号18が持つエースの資質
三重高校進学後、上田選手は層の厚い投手陣の中で着実に階段を上っていきました。高校野球の世界では背番号1がエースの証とされますが、上田選手が背負った「18」には、数字以上の重みと期待が込められています。

沖田監督が彼に先発を任せる最大の理由は、その「立ち上がりの安定感」と「テンポの良さ」です。どんな試合でも、淡々と、かつ丁寧に自分の投球を貫けるメンタリティは、まさにエースの資質そのもの。昨秋の三重大会でも、準々決勝の川越戦や決勝の津田学園戦で先発し、チームを勝利に導く素晴らしいパフォーマンスを見せました。背番号の数字に関わらず、チームメイトや監督からの信頼は「大エース」と呼ぶにふさわしいものになっています。
眼窩底骨折の怪我を乗り越えて掴んだセンバツ切符
しかし、順調に見えた高校生活で、上田選手を絶望の淵に突き落とすアクシデントが起こります。2025年秋、東海大会の準決勝直前の練習中でした。ブルペンでの投球練習中、足元の整備に気を取られた一瞬の隙に、捕手からの返球が左目を直撃。「眼窩底骨折」という大怪我を負ってしまったのです。

一時的に視力が低下し、大好きな野球ができない日々が1カ月以上続きました。当時のことを彼は「めちゃくちゃ不安だった」と振り返っています。病院で家族に電話をしながら涙を流したというエピソードからは、彼がどれほどの恐怖と戦っていたかが伝わってきますね。
眼窩底骨折の影響とリハビリ:
- 一時的な視力低下と、距離感の狂い
- 1カ月以上の完全練習休止
- 精神的なトラウマとの戦い
そんな彼を支えたのは、家族の「この経験は必ず生きるよ」という言葉でした。この逆境を乗り越えたことで、彼の精神力はより一層強固なものになったのです。
甲子園で証明した打たせて取る投球の新たな境地
そして迎えた第98回選抜高校野球大会。1回戦の佐野日大戦で、上田選手は「120点」と自画自賛するほどの完璧な投球を披露します。9回2死まで投げ抜き、4安打無四球、無失点という内容。何より驚かされたのは、奪った26個のアウトのうち16個(あるいは17個)がゴロアウトだったという事実です。

まさに「ゴロ魔神」の面目躍動ですね。最速135キロ(あるいは133キロ)と驚くような速球はありませんが、冬の間に磨き上げた内角と外角の投げ分け、そして自信のあるカーブをテンポ良く投げ込むことで、強豪校の打者の芯を次々と外していきました。「打たせて取る投球こそが自分の持ち味」と言い切るその姿勢は、現代の高校野球において非常に新鮮で、かつ知的な投球術として高く評価されました。
ドラフト候補としても期待が高まる左腕の将来性
甲子園での快投を受けて、プロのスカウト陣からも注目される存在となりました。178cm、75kgというバランスの取れた体格に加え、希少な実戦派サウスポーであることは大きな魅力です。無四球で完封目前までいく制球力と、大舞台でも動じないマウンドさばきは、プロの世界でも十分に通用する武器になるでしょう。

もちろん、現時点では「伸び代」という点でも期待が集まっています。怪我を克服し、一段と逞しくなった彼が、今後さらに球速を伸ばし、変化球の精度を上げていけば、さらに高い評価を得ることになるはずです。これからの活躍次第では、秋のドラフト会議でその名前が呼ばれる可能性も十分にありますね。
現在の最速の球速や得意な球種から見る武器
現在の上田選手のスペックを整理すると、その凄さがより際立ちます。最速は135キロほどですが、数字以上の威力を感じさせるのは、彼が持つ「投球術」があるからです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 最速 | 135キロ(2026年選抜大会時点) |
| 得意球種 | スライダー、カーブ、精密な直球 |
| 投球の特徴 | 驚異的なゴロ生産率、無四球の制球力 |
| 精神面 | ピンチでも冷静、捕手への絶大な信頼 |
特に圧巻だったのは、8回2死一、二塁のピンチで、3ボールから立て直して空振り三振を奪った場面です。「ここで四球を出したら失点する」と冷静に考え、強気に内角を突き、最後はスライダーで仕留める。この判断力と実行力こそが、上田晴優という投手の最大の武器と言えるでしょう。
更なる高みを目指す上田晴優の中学からの軌跡まとめ
ここまで上田晴優選手の中学時代から現在に至るまでの歩みを詳しく見てきました。四日市市立大池中学から三重北ボーイズ、そして三重高校へ。常に地元三重の期待を背負いながら、怪我という大きな試練をも糧にして成長を続けてきた彼の姿には、多くの人が勇気をもらったのではないでしょうか。

上田晴優の中学時代に培われた「投打にわたるセンス」と「冷静なマウンドさばき」は、今や甲子園という大舞台で「ゴロ魔神」としての輝きを放っています。「完封目前で交代しても、調子に乗らなくて済むから逆に良かった」とはにかむ謙虚な姿勢も、彼が多くのファンに愛される理由の一つですね。
これからの戦いでも、きっと背番号18がマウンドで躍動し、私たちを熱狂させてくれることでしょう。三重高校の快進撃、そして上田選手のさらなる飛躍から目が離せません!
※数値データや選手情報は、各大会の公式記録や報道を元にした一般的な目安です。正確な最新情報は、各連盟の公式サイトやチームの公式発表をご確認ください。今後の進路等の最終的な判断については、専門家の分析や公式な報道を参考にされることを推奨します。


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