壱岐から神戸国際大付属へ!主将・井本康太が描く甲子園の夢


こんにちは。ハンユウブログ運営者の「ハンユウ」です。高校野球の熱いドラマを見ていると、選手たちがどのような環境で育ってきたのか気になりますよね。最近特に注目を集めているのが、神戸国際大付で主将を務める井本康太選手です。
井本康太の中学時代は、実は長崎県の離島という非常にユニークなルーツを持っています。壱岐市立芦辺中学校での軟式野球部時代や、そこからどのようにして兵庫の強豪校へ進んだのか、井本康太の中学時代の実績やエピソードを知りたいという方は多いはず。
この記事を読めば、彼の類まれなるリーダーシップと勝負強さの原点がどこにあるのか、そのすべてが分かりますよ。
- 井本康太選手の中学時代の所属と離島での輝かしい実績
- 軟式野球部から強豪・神戸国際大付を選んだ決意の理由
- 主将としてチームをまとめる力の源泉となった中学の経験
- 明治神宮大会で準優勝を果たすまでの打撃と守備の成長
井本康太の中学時代の経歴と離島での活躍を解説

井本康太選手を語る上で欠かせないのが、長崎県の離島・壱岐で過ごした濃密な中学時代です。まずは、彼がどのような環境で野球の基礎を築き、周囲から注目される存在になっていったのか、その軌跡を詳しく見ていきましょう。
壱岐市立芦辺中学校で過ごした野球少年時代

井本康太選手は長崎県の離島、人口約2万4000人の壱岐島で育ちました。出身校は壱岐市立芦辺中学校で、当時は硬式野球のクラブチームではなく、学校の軟式野球部に所属していたんです。島という限られた環境の中でも、彼はひたむきに白球を追い続けていました。今の粘り強いプレースタイルは、この島での生活がベースになっているのかもしれませんね。
離島甲子園で優勝を勝ち取った捕手の実績
中学時代の大きなトピックの一つが「離島甲子園」での活躍です。正式名称を「国土交通大臣杯 全国離島交流中学生野球大会」といい、全国の島々からチームが集まる大会なのですが、井本選手はこの大会で見事に優勝を経験しています。当時から捕手として、またチームの要として、島を代表する存在だったことが伺えますね。
ソフトボール県選抜で全国制覇を果たした実力
驚くべきことに、井本選手は野球だけでなくソフトボールでも非凡な才能を発揮していました。中学生の時にはソフトボールの長崎県選抜として全国大会に出場し、なんとここでも全国優勝を成し遂げているんです。野球とソフトボールの両方で日本一を経験しているなんて、身体能力の高さはもちろん、勝負どころでの集中力が当時から凄まじかったことが分かります。
長崎県選抜と壱岐市選抜に選ばれた中学時代
野球においても、その実力は島内だけに留まりませんでした。2023年には長崎県選抜や壱岐市選抜のメンバーに選出され、県内外の強豪選手たちと切磋琢磨する機会を得ています。こうした選抜チームでの経験がきっかけとなり、兵庫の名門・神戸国際大付の監督や関係者の目に留まることになったのです。
身長166センチの体格を補う中学での努力

井本選手のプロフィールを見ると、身長166cm、体重74kgと、野球選手としては決して大柄な方ではありません。しかし、中学時代から「誰よりも努力して、大きな選手に負けない技術を身につける」という意識が非常に強かったようです。キャッチャーとしての二塁送球の正確さや、相手の隙を突く配球の妙は、体格をカバーするために磨き上げた武器と言えるでしょう。
井本選手は2008年度生まれの世代。右投げ左打ちという珍しいスタイルも、中学時代からの試行錯誤の中で確立されたものかもしれませんね。
井本康太の中学卒業後の進路と島を離れた覚悟

中学で数々の実績を残した井本選手ですが、卒業後の進路選択には大きな葛藤があったようです。離島から兵庫の強豪校へ、片道切符の覚悟で渡った背景にはどのようなドラマがあったのでしょうか。
両親の反対を説得して兵庫の名門校へ進学
中学時代の井本選手が「県外の強豪で勝負したい」と考えた際、ご両親は当初、長崎県内の高校に進学してほしいと反対されたそうです。しかし、本人の「激戦区を勝ち抜いてこその甲子園だ」という強い信念に、最後は泣いていたお母さんも「頑張って」と送り出してくれたのだとか。島を離れる際の決意の重さが、今の彼のプレーの端々に現れている気がします。
軟式野球部出身ながら打てる捕手へと成長
強豪校では硬式クラブチーム出身者が多い中、軟式出身の井本選手は当初苦労もあったはずです。しかし、新チームでは8番打者ながら打率5割近い成績を残すなど、「打てる捕手」として急成長を遂げました。特に明治神宮大会の中京大中京戦で放った2ランホームランは、彼のパンチ力の高さを全国に見せつける形となりましたね。
壱岐高校の甲子園出場を刺激に変えた主将の意地

実は、地元の壱岐高校も2024年春の選抜大会に21世紀枠で出場しています。メンバーのほとんどが中学時代の知り合いで、一時は「島に残っていれば自分も甲子園に立てたかも」という思いが過ったこともあったそうです。しかし、彼はそれを「次は自分たちが行けばいい」とポジティブな刺激に変え、兵庫県大会、さらには近畿大会の優勝へとチームを導きました。
チームを一つにする主将力は中学時代の経験から

新チームで主将に就任した井本選手は、練習前後の「選手間ミーティング」を導入しました。「一人じゃ勝てない。選手同士で意見を言い合うからこそ強くなれる」という考えは、離島での限られた人数で戦ってきた中学時代の経験がベースにあるのかもしれません。同じ神戸国際大付で活躍する宮田卓亜選手の活躍なども、こうしたチーム全体の意識改革が良い影響を与えているはずです。
井本主将が大切にしているポイント
- 練習前後のミーティングで目標と課題を共有する
- 選手同士で厳しく意見を言い合える環境を作る
- 「野球脳」を鍛えるために走塁練習を徹底する
明治神宮大会で輝いた打率5割超の打撃成績

秋の公式戦での成績は目を見張るものがあります。近畿大会では打率.417、明治神宮大会では打率.571を記録。特に決勝の九州国際大付戦でも最後まで諦めずに二塁打を放つなど、「最後まで勝利を信じる主将の背中」はチームメイトに大きな勇気を与えました。8番打者にこれだけの選手がいるのは、相手校にとっても驚異ですよね。
井本康太の中学からの軌跡と甲子園での展望

井本康太の中学時代を振り返ると、離島での成功と挫折、そして強い覚悟を持って海を渡ったストーリーが見えてきます。中学時代の軟式野球やソフトボールでの経験が、今の変幻自在なリードと勝負強い打撃の土台になっているのは間違いありません。春の選抜甲子園では、さらにパワーアップした姿を見せてくれることでしょう。島から飛び出した「小さな巨人」が、聖地でどのような輝きを放つのか、これからも目が離せませんね。
※選手の成績や経歴等の情報は、公開されている報道資料に基づく一般的な目安です。最新かつ正確な情報は、各連盟の公式サイトや学校の発表をご確認ください。
井本選手のこれからの活躍を心から応援しています。皆さんもぜひ、彼のプレーに注目してみてくださいね!


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